みんな褒められたいからライブハウスに行くのだ、たぶん。

音楽・コラム

どうも、パンク大好きデミさんです。

2018年2月18日、10−FEETTAKUMA仙台PITでのライブで興味深い発言をしたらしい。

 

その発言とは『太陽4』の前のMC


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フォロワーさんによるとこんな感じだったそうだ。

「大人になると褒められることも少なくなるな。昔は歩いただけでも褒められたのにな。」

 

全くその通りですよね。

自分が最後に人に褒められたのはいったいいつなんだろとか考えてしまいました。何なら社会人になってからまともに褒められたことあるんだろうか。

 

人に褒めてもらうってどんな感じだっただろうか。

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自己肯定とは自分を認めること

自己肯定とは自分で自分のことを認めることです。

 

人は褒められないと自己肯定感が出てこない。

 

一人っ子が自己肯定感が強いのは、親や親戚など小さい頃から周囲に褒められて育ってるからだそうです。

 

俺はよく奥さんに「お前は自己肯定感が低いんだよ!」と言われます(正確には「お前」とは言われてないが、そんなニュアンスに聞こえること自体、自己肯定感が低い人間である)。

 

俺は兄と二人兄弟。

ウチの奥さん曰く、小さい頃厳しく育てられたのではないかとのことだ。

 

そもそも他の親を知らないし自分ではそんなつもりはないのだが、自分に自信が持てない部分は確かにある。

 

だから子供に対しても厳しく接してるかもしれない。

 

そんな小さいことなのになんでこんなに苛つくのか、なんて自己嫌悪に陥ることも数知れず。

 

だからなのか、俺はTAKUMAの発言にハッとさせられたのである。

 

なぜ10-FEETがこんなにも人気を獲得したのか。

 

それはTAKUMAと俺達の見てるものが同じだからではないのか。

 

TAKUMAはまず俺達のことを認めてくれる。リスペクトしてくれる。

 

そして俺達のことをわかってくれようとしてくれる。

 

それも上からではなく、まず俺達の目線に下りてきて、一緒に上がろうとしてくれる。

【10-FEET】TAKUMAの心の闇はどこで発散してるのか気になったって話!
どうも、パンク大好きデミさんです。 行ってきました、初の10-FEETのツアー!(フェスでは経験あり) まさに機は熟したという感じです。 TAKUMAのダミ声を克服してからようやくたどり着いたライブです。 豊...

 

だから彼の言葉には力がある。

この圧倒的な共有感こそ、彼らのライブに人が集まる所以なのであろう。



アーティストに褒めてもらいたい

みんなはなぜライブに行くのだろう。

お金を出して音源を手に入れるのも、グッズを手に入れるのも(最近は俺はあまり買わないことが多いが)、その全てはライブでアーティストと同じ目線に立ちたいからだ。

 

彼らの生み出すものを会場のみんなと一緒に味わいたいからだ。

 

そしてその素晴らしさを拡散したいからSNSもやってるのだろう。

 

今まではそう思ってた。

でもTAKUMAの言葉を聞いて思った。

 

みんな褒められたいからライブハウスに行くのではないだろうかって。

 

「来てくれて有難う!」「お前ら最高だ!」

 

自分が自分じゃなくなるくらい興奮する瞬間を見届けてくれるアーティストに、そう言ってもらって褒められたいんじゃないだろうか。

 

そう考えるとなんか腑に落ちたんです。

 

俺が幼少期に褒められてない(かもしれない)からこう思うのかもしれない。

 

でも、人は褒められなきゃ生きていけない。

 

親に・家族に・学校の先生に・会社の上司に・得意先のお客さんに。

 

「アメとムチ」とはよく言ったもので、アメばかりもらってもムチばっかりくらっても人はダメになる。

 

とくに社会に出るとアメをもらう機会は減ってくるように思う。

 

だから社会人になって音楽に限らず趣味にお金をかけるようになるのは自然のことなのかもしれない。

 

だって褒められたいんだもん、人に。

好きなものにお金をかけて、いいねそれ、って言われたいですよね。

 

俺がライブに行く理由は、先のブログで述べた。

自分はなぜ【ライブハウス】に行くのか?を割と真面目に考えてみた!
どうも、パンク大好きデミさんです。 ちょっとネタがないので、今回は自分自身について考えてみました。 それは、俺はなぜライブハウスに通ってるのか?ってこと。最近は座席のあるホールには行かない。行くつもりすらない。 音楽ブログ...

 

震災後のパンクスへの敬意や自由に動けるライブハウスが好きだと書いたのだが、もっと根源的な欲求を満たしたいのではないか。

 

自分を認めてもらいたいからとかおこがましい理由ではなく、ただただ褒められて自己肯定感を得たいのから人はライブハウスに通ってるのかもしれない。

 

そう、「お前はそれでいいんだ」って確認させてくれるから、万難を排して人はライブハウスに向かうのではないだろうか。



音源を無料で手にすることへの怒り

 

だからこそ音源が無料で手に入る違法アプリに対して俺は激しい怒りを覚える。

 

金も払わずに音源を手に入れて、ライブハウスに来て一緒になって盛り上がってるヤツに嫌悪感を感じる。

 

子供みたいだと思われてもいい。

お金を払って音源を手に入れてはじめてスタートラインに立てるのだ。

 

そこから曲を聴き込んで、そのあとライブに行ってはじめて本当の意味での感動があると信じてる。

 

学生も社会人も日々の生活を忙しく送る中で、ようやく時間とお金を作ってライブハウスに行く。

 

綺麗事かもしれないけど、その思いを冒涜するような行為は俺は許したくない。

 

タダで手に入れられるならタダに勝るものはない。

 

その思いは頭では理解できる。

でも、その先にあるライブハウスには足を踏み入れてもらいたくない。

 

まさに土足で足を踏み入れる行為ではないか。

 

俺は、ライブハウスは神聖なものだとまでは言うつもりはない。

 

入りにくいというイメージを持ってほしくないしその敷居は下げなければいけないと思ってる。

 

もっと気軽に足を運んでもらわなければいけないとも思ってる。

 

ただ、音源はアーティストの魂が宿った作品だ。

 

彼らがどれだけの労力をかけてその作品が出来上がったのか想像してほしい。

 

インディーズには仕事をしながらバンド活動をしてる人もいる。

 

メジャーはお金をかけてもらってる分結果を出さなければいけないので、そのプレッシャーはさらに大きいはずだ。

 

だからこそである。

音源に最低限の敬意を払ってほしい。

ストリーミングでもいい、YouTubeでもいい。

 

合法なら仕方ない。

でも違法はダメだ。

それは最低限ではなく最低な行為だ。

違法アプリがもし若い子にまかり通っているのなら、それは大人の責任だ。

 

道徳的な問題でもあるし、そんな社会にしてしまった大人が悪いのかもしれない。

 

だからこそ俺はブログを書いている。

 

勝手に贖罪の意識を持ってこの文章を書いている。

 

こんな社会に誰がしたのか?全ての大人だよ、俺を含めた。

 

でも、音楽に対して俺は諦めたくないのである。

 

うざってぇおっさんと思われても発信したいと思ってるうちは発信したい。

 

ライブハウスでゴミも拾いたい。

フェス会場でもゴミ箱がないなら持ち帰りたい。

 

一人ひとりがやりたいことをやっていけば変わるかもしれない。

 

そのことは音楽に教えてもらったから。

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