【原発・津波】震災から8年。東北を巡って感じたことを言葉にしてみた。

コラム
デミさん
デミさん

パンク大好きデミさんです。

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プロフィール:デミさんはこんな人

 

2019年9月27・28・29日、家族で旅行に行ってきた。

 

両親と兄と4人での旅行だ。

去年は那須塩原に1泊した。

10年前に脳出血で倒れ、左半身不随になってしまった父はそれに自信を得たのか、「今年は遠くに行きたい」と言い出した。

 

なので今年は2泊になった。

行き先は東北

バリアフリーの部屋がとても広い、かんぽの宿を今回も利用しての旅になった。

 

初日は仙台を抜けて岩手県一関市で一泊。

 

世界遺産の中尊寺金色堂毛越寺、大変素晴らしかったです。

 

2日目は釜石から大船渡・気仙沼・陸前高田を通って郡山で一泊。

 

津波の被害が大きかった地域を回りました。

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福島について

常磐道を北上する際、色々と思ったことがある。

 

茨城県北部か福島県に入ったあたりか記憶は定かではないのだが、突然線量計が現れた。

 

「現在○○マイクロシーベルト/時」

爆発した福島第一原発に近づくに連れて上がっていく線量の数値には緊張した。

 

東京で生活してる俺にはあまり体験したことのない緊張感だし、その時はまるで見えない敵と対峙してるような、複雑な感情だった。

 

そして対向車線を通る汚染土壌を運搬するトラック。

中間貯蔵施設への輸送 第Ⅰ部

 

福島の人には当たり前の光景かも知れないが、初めて見る俺からしたら衝撃の光景でした。

 

東京の電力を賄うために作られた福島原発

津波による事故のために破壊された原発

ひとたび事故が起きたら人の手には負えない原発

 

原発とはいったい何なんでしょうか?

高速道路を通っただけですが、朽ち果てた家々はいくつも見られました。

 

2日目は郡山に泊まったのですが、自主避難した人もたくさんいると聞きました。

 

津波は予期できなかった、として罪を免れる元経営者たち。

参照:

東電の旧経営陣3人に無罪判決 福島原発事故で東京地裁

 

地元の権力者から賄賂をもらう現・経営者たち。

参照:

岩根社長「原因究明に取り組むことで責任果たしたい」辞任否定 関電会見

 

そして、一度事故が起きたら大変なことがわかっているのに、それでも原発再稼働を進める国と自治体。

 

事故が起きたあの時、もし俺が福島に住んでいたらどんな行動を取っていただろう。

 

小さい子供と奥さんを連れて避難してただろうか。

それとも福島に残っていただろうか。

 

自主避難したとしたらどうやって生活していたのか。

 

そして、もし「今日から、以前住んでた地域に帰れますよ」って言われたら、俺は帰るだろうか。

 

色んなことを考えたし、これからも考えねばいけないと思いました。

 

人間がコントロールできないものを、人間が取り扱うことは出来ない。

 

俺は原発は反対です。

途中のSAで

津波に襲われた街

釜石から太平洋岸を南下しながら見た光景も忘れられないものとなった。

 

道を通ると掲げてある「津波浸水区間」の看板。

 

きっちり区画整理されて綺麗になってる道や建物の数々。

 

そして、改めて建設された高い防潮堤と未だ残るプレハブの仮設住宅。

 

これも今まで目にすることがないものだった。

 

陸前高田では、9月22日に開館したばかりの「東日本大震災津波伝承館」に行ったのだが、報道では見たことも聞いたこともない名前の地域で、沢山の人々が被災していたという事実に大変驚いた。

東日本大震災津波伝承館

 

参照:

遺されたのは、伝えるため。陸前高田市の震災遺構を目に焼き付けろ

 

参照したすべての震災遺構を目にすることが出来たが、もうものすごかったですね。

 

月並みの感想しか言えないが、ぐちゃぐちゃになった建物を見て津波の威力をまざまざと見せつけられた。

 

俺はこのタイミングでしか来ることが叶わなかったけど、それでも津波が街にもたらした被害を現地で感じれてよかったと思いました。

 

街は現在生まれ変わったようになっていますが、住んでいる人の心はどうなんだろう。

 

きれいになった街と心に受けた大きな傷。

 

この街は同じ街でも全くの別物なのかもしれない。

 

血が通ってるようで通っていないかもしれない。

もし津波に襲われてたら…

親父をベッドから車椅子に移動させて、その後車まで移動してまた乗せて。

 

そうやってる間に母親も父親もきっと津波に巻き込まれてただろうな。

 

そんなことを思いました。

震災遺構と奇跡の一本松

 

自分に何が出来るかなんてわからない

本当の意味の復興とはなんだろう。

失った土地や家族、仲間はもう帰ってこない。

福島も、そして岩手も、その他の被災した地域も昔の状態に戻ることはもう無い。

 

「それでも前を向いて頑張ろう」

そんな言葉が今はとても陳腐なものに感じられる。

 

彼らがいったい何を求めてるのか。

そっとしておいてくれと思ってる人もきっといるだろうし、来てくれて有難うと思ってる人もいるかもしれない。

 

そんなことを思いながら色々と考えるけど、なかなか答えは出ない。

 

とりあえず旅行してお金を落としてきた。

その事実しか今は無い。

 

何度も行くことできっと何かが変わるんだろうけど、その先に何があるのかなんて今はわからない。

KESEN ROCK FREAKS

ただ次は楽しみに行きたいなと思った、ライブとかフェスで。

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