【難波章浩】感動で歌えなかった「ISHINOMAKI BUCHI ROCK」を振り返る。

『難波章浩の今夜もCLOSE TO ME』
デミさん
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パンク大好きデミさんです。

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プロフィール:デミさんはこんな人

 

今回は2019年9月1日放送、FM NIIGATA『難波章浩の今夜もCLOSE TO ME』の文字起こしです。

 

2019年8月12日、宮城県石巻市小淵浜漁港特設会場で行われたISHINOMAKI BUCHI ROCKについて語ってくれてます。

 

振り返って話してる難波さんも、途中改めてぐっと来てるのが分かりました。

 

それではどうぞ。

 

radikoの方はこちらから:

難波章浩の今夜もCLOSE TO ME(9/1放送分)

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石巻市小淵浜に「みかん公園」を建設

石巻、行ってきましたねー。

ISHINOMAKI BUCHI ROCKっていうのが今年から始まったんですね。

 

で、この、BUCHI ROCKBUCHIって何?っていうと、小渕浜っていう、宮城県石巻からまたこう…小渕半島っていうのがあって、ぴょこんと、少し半島が出てるんだよね。

 

そう、宮城県から牡鹿半島っていうのがぴょこって出てるんだけども、そこに小渕浜っていう港、そう、漁師さんとかがいる漁村があるんだよね。

 

その、牡鹿半島ってすごく、魚が取れるんだよね。

 

魚だけじゃない、牡蠣とかめかぶとか、とにかく海の幸がすごい取れる場所なんだよね。

 

ま、石巻全体がそうだったんだけど、牡鹿半島っていうのがまあ海に飛び出しているだけ、その時の、大震災の時の被害がものすごかった場所なんだよね、うん。

 

そこの、小渕浜っていうとこの、ま、そこも被害がすごかったんだけども、震災があって、ちょうど僕達が、Hi-STANDARDAIR JAM、2011にやって、2012に宮城県AIR JAMを開催したのね。

参照:

東北AIR JAM成功の軌跡とバンドの未来

 

その、2011、12のその、なんていうのかな、AIR JAMの収益を持って、何が出来るかって考えてた時に、幡ヶ谷再生大学っていう、復興やその、災害に…そうそうそう、今では災害に、そう、色んなとこ行ってるんだけども、東北の復興に、ボランティアですごく頑張ってる人達がいるんだよね。

 

その、TOSHI-LOWBRAHMANTOSHI-LOWが代表をやってるんだけども。

 

あともう一人、ユカリさんっていう人がいて、そのユカリさんから、「公園を作りませんか?」って。

 

「今、公園を作ろうとしてるんだけども、その公園作りに参加しませんか?」っていうことを受けて、なるほど、子どもたちのために公園を作ってあげるのいいなって。

 

なんで公園かっていうと、震災があって津波がすごかったから、とにかく瓦礫ばっかりで子ども達が避難所やかろうじて大丈夫だった家の中にいても、表に出ていって遊ぶ場所がないんだよね。

 

で、そこで、子どもたちが表で遊べる空間を作ってあげるっていうのは大事なことだし良いことなんじゃないのかなって思えたんだよね。

 

その公園作りに俺もトラックとか重機を持って…僕の家内のみーちゃんのお父さんが宮城県にいて、彼がその重機とかを貸してくれる仲間達がたくさんいて、そういう人達に機材を借りて、小渕浜に毎日通ったのね、そのAIR JAMが終わった後。

 

で、可愛い公園、「みかん公園」っていうのが出来たんだよね。

 

みんなで、すごいボランティアの人達が、たくさんもう、すごい人数の人達で、毎日毎日、少しずつ少しずつ作っていったわけなんだけども。

 

みかん公園」を作ったのが、小渕浜っていう場所だったんだよね。

参照:

石巻小淵浜みかん公園-幡ヶ谷再生大学復興再生部

 

その、小渕浜で出会った、公園作りの工程の、作業の中で出会った人達っていうのはやっぱりすごく、うーん、僕にとってもすごくかけがえのない仲間っていうか、ほんと色んなことを教わるわけなんだよね、彼らから。

 

BUCHI ROCKを開催するに至る流れ

で、今回のBUCHI ROCK FESの実行委員会の代表である、木村美輝(よしてる)君って人は漁師さんで、自分の船も流されちゃったんだけど、あのー、奥さんとご長男が亡くなられてしまったんだよね、うん。

 

その、美輝君と出会って、すごい、色んなことを学ぶわけなんだけども。

 

もし自分が、家族、本当に身内が、災害によって亡くなってしまった時に、こんな感じで人に接せれるかな?とか、自分はどうなってるかな?って想像したところで想像を絶するから、もうそんなことは出来ないんだけども。

 

すごく、人として、すごいなあっていうか、すごいなあって、なんか言葉はなかなかあれなんだけども、すごいなあっていう人達がたくさんいるわけなんだよね。

 

で、公園をそれで、一緒に作って、さらに公園ができて、Hi-STANDARDが東北で公演やる時とか、「The Gift Tour」とか、家族とか友達とかみんなで来てくれるのね。

 

もうほんと、その過程で俺も…音楽とか詳しいわけじゃなかったんだと思うんだよね、でもそうやって色んなライブ、BRAHMANとか色んなライブ行ってたんだろうね、その間に、「俺も、音楽でお祭り、人集めたいなあ、お祭り作りたいなあ」みたいなこと言い出したんだよね。

 

おい、まじかよ!とか思って。

なんてこと言うんだ、って思ったんだけど、その時は。

 

ちゃん、俺、やっから!」みたいなことを言い出して、電話かかってきて、「俺に出来ることがあれば何でも言ってね」って。

 

例えば俺らが東北ジャムとかそういう繋がりでやってることがあるから、そういう人達と一緒にできるといいねって思って、ステージとか、設営とか、音響とかそういう、東北ジャムのチームでやってたりしたんだけども。

 

まあ俺はNAMBA69で、自分のバンドでステージに立つっていうのまあ目標にして、やってきたわけなんだけども。



難波彰浩 感動で歌えなくなる

まあ…すごいのよ!行ってみたら。

ぶっちゃけ言って、素人さんのDIY、ほんとに手作りのイベントのはずなのに、ここまで出来る?っていう、まず着いた時点で感動しちゃって。

 

ほんと、普段、漁師や、そのサポートしてる女性たちとか、ママ達とか、みんなでこんなことが出来るのか?っていうくらい、素晴らしい温かみのあるフェスだったんだよね、もう行ってすぐわかったんだけども。

 

で、そこから1日過ごして、港でやってるんだけどね、港の海の目の前にステージを作って。

 

で、それが(8月)12日だから、明日からお盆だっていう、日なんだよね。

 

お盆の前にお祭りで、これをきっかけに地元に帰ってきてもらいたい、っていうのがあったりとか。

 

まあその、お盆ってやっぱり、亡くなられた方とか先祖の方達が帰ってくる、その土地に帰ってくる、って日の前の日に、その音楽をもって、海に向かって、メッセージしたい、って気持ちでやったらしいのよ、開催したらしいんだけども。

 

まあそれで俺達が、ステージに立って、ねー、何をやれるのか、それも考えないでステージに上がったんですけども。

 

最初はね、普通にライブ3曲くらい、よしやるぞ!って、盛り上がって、よっしゃ!って思ってたんだけども。

 

で、一回ワンブレイクで、MCの時間で、やっぱちょっとぐっと来ちゃったんだよねー。

 

で、こう、美輝君との感じとか、その地元の方達…あのー、よく石巻へい輪プロジェクトとかいう名前を聞いたことがある人はいるかもしれないんですけども。

 

その地元のお母さんとか体が不自由な、そういう人達とかがこう、何ていうのかな、ミサンガとかそういう小物を作って、でそれをフェスとかでみんなに届けることでその人達をヘルプしてあげようっていうプロジェクトがあって、石巻へい輪プロジェクトっていうのがあるんだけども。

 

ま、その彼女たちも小渕浜の人達で、そう、彼女達とのストーリーとか色々思い出して、とにかく、もう泣けちゃって、俺、MC中に。

 

3曲歌い終わった後、そこまでバッチリだったのにそっからもう歌えなくなっちゃって。

 

次の曲『PROMISES』って曲だったんだけども。


Ken Yokoyama VS NAMBA69

 

PROMISES』も、もう半分くらい歌えなくなっちゃって。でもみんな歌ってくれたりとかして。

 

美輝君とかもどこにいるのかわからないんだけども、「美輝くーん!」とか言ったらもう向こうの方で手を上げて拳を握ってる姿とか、顔は豆粒みたい(な大きさ)ででも、美輝君が拳を突き上げてる姿を見たら泣けてきちゃって、もう!

 

そっからもう、まともに歌えなくなっちゃって。

 

いやー、自分たちで気持ちを届けようと思ってそのあと『WALK』とかもセットにいれてたんだけども。

 

自分たちの曲で『WALK』っていう、自分がそういうほんとに、落ち込みまくってる時に、ね、歩こうっていう歌なんだけども、そことかほぼ歌えなくなっちゃって、泣けてきちゃって。

 

まあそんな感じで、最後のブロックでやっとこう、立て直して、よし、泣いてばかりはいられねえな、泣き顔見せに来たわけじゃないし、と思って、最後ガツッと、最後のセット3、4曲は思いっきりやったんだけども。

 

まあそんな感じですごく、なんていうのかな、自分もステージでそんなに、泣いて何曲も歌えなくなっちゃう、3、4曲歌えなくなっちゃうとか、そんなことも初めてだったんだけども。

 

まあほんとにそれも仕方なくて、本当に泣けちゃったから、もう仕方ないなー、とか思いながら。

 

でもそこでヘルプしてくれる、やっぱオーディエンスのみんなや、ステージに来て上がって一緒に歌ってくれる奴もいたりとか。

 

そう、そこでまたこう、音楽ってちゃんとバンドを、ちゃんと演奏して良いプレイを見せて、何ていうすごくこだわりもあったりとかもするんだけども、それだけじゃないんだなって思えた日だったんだよね。

 

ほんとにこう、気持ちを共有する、まあ「届ける」なんて言葉すら違う、違うんじゃないのかな、なんて思っちゃったんだよね。

 

届けるなんて…もらっちゃってるからもう、その場ですごく。

 

届けるつもりで行ってるんだけど、諸々もうもらっちゃってるんでもう、色んな、素晴らしいものをもう、素晴らしい感情とか。

 

うーん、音楽をやる意味とか、改めてそこを思えたし。

 

「届ける」って言葉じゃないなあ、ってのも思ったしね。

 

そこでやっぱりNAMBA69なりのライブ、ほんとに、生きている、って姿をみんなとこう、共有できた、それはそれは素晴らしいライブが出来たんだよね、素晴らしい時間になったんだよね。

 

そこからの、まあ打ち上げでも色々もう、本当に語って、ああ、ここまでこう、思わせてくれるこの人達ってすごいなあ、って、ほんとにもう強さを…まあ強いな、って思えたんだよねー。

 

この強さをもらって、その、感銘を受けた部分とかこれからまた音楽にまたさらに、自分たちのバンドの強さにしたいし、自分の人生のね、自分の人間としての強さにしたいな、と思った素晴らしいイベントでした。

 

素晴らしい祭りでしたね、ISHINOMAKI BUCHI ROCK

 

来年もあることを願って、うん、みんなチャンスあったら来年ね、足を運んでみてください。

 

それでは、さっきちょっと話に出てきた『WALK』、聴いてみましょうかね。

 

お願いします。


LET IT ROCK(CD+DVD)

コメント

  1. STELLA より:

    デミさん、STELLAです!いつも熱いライブ投稿ありがとうございます。
    なかなか全ては追いつかず読めておりませんが、今回のブチロクの難波さんのradiko書き起こし記事を見てたら、あの日を思い出し、涙が溢れました。LAST、難波さんはみんなに担がれ、オーディエンス後ろまでわっしょいわっしょいと、運ばれ行っちゃったんですよ(笑)でも、みんな笑顔でいっぱいだった。
    ステージに上がった男の子は、幡ヶ谷再生大学陸部の子から聞いたんですが、お友達をお母さんを津波でなくした子だったんです。
    その日を思い出し、苦しかったけど、みんなとMoshし、ダイブし、最高に輝いてました。生きる強さを。音楽の力はどこまでもサポートしてくれてるんだなぁ。東北JAMのバンドマン、スタッフ、出店のメンバー、みんな最高の仲間なんだと思えた、そんなブチロクでした。

    • takenoco0803 より:

      STELLAさん、コメント有難うございます。
      難波さん、最後そんな感じになってたんですね(笑)
      身近な人が亡くなって、自分ならどうだろう?って考えてもやっぱり想像できないですけど、それでもこういうフェスで音楽の力が発揮されるのは素晴らしいなと思います。
      いつか行きたいなあと思いました。