【THEE MICHELLE GUN ELEPHANT】アベフトシの死去で伝説に…

【THEE MICHELLE GUN ELEPHANT】アベフトシの死去で伝説に…

39年間生きてきて、色んなアーティストの曲を聴いてきた。

とくに90年代後半から2000年代前半は楽しかった。

ジャニーズではSMAPの『夜空ノムコウ』が好きだった。カラオケでめっちゃ歌った。

小室サウンドではglobeの『Feel Like dance』。KEIKOは初期の荒削りな感じが良かった。

R&BではMisiaの『つつみ込むように…』。デビュー直後の武道館ライブ、ダンサーの友達のコネを使って関係者入り口から入って観たことを思い出した。めちゃくちゃ凄かった。半端じゃなかった、彼女の歌声が。

HIP-HOPではケツメイシの『トモダチ』。彼らのアルバムで一番聴いたのは、『ケツノポリス2』です。ライブ良かったなー、笑って泣いて、極上のエンターテイメントでした。

そして、ロックでは…THEE MICHELLE GUN ELEPHANTに青春の全てをささげた。



初期

チバのことは以前さらりと書いた。

名古屋の皆さん。【チバユウスケ】と【Ken Yokoyama】を同じ日に見れるなんて最高だね。

色んな伝説があって、どこから話したらいいのか、でもどれも話す必要がないようなそんな気もする。

とりあえずプロフィール。

1991年に結成。チバユウスケ(vo)、アベフトシ(g)、ウエノコウジ(b)、クハラカズユキ(ds)の4人組ロック・バンド。96年、シングル「世界の終わり」とアルバム『カルト・グラス・スターズ』でメジャー・デビュー。ドクター・フィールグッドに影響された激しいパブ・ロックを展開、その暴力的なまでのエッジの鋭さとスピード感にあふれたライヴが圧倒的な支持を受け、97年のアルバム『チキン・ゾンビーズ』で大ブレイクした。2003年10月11日、幕張メッセ展示場ホールでのライヴを最後に解散。(http://ro69.jp/artist/4543)

1997年大学に入学した俺が友人に借りたアルバム、『Chicken Zombies』。


chicken zombies

彼らにとって3枚目のアルバムである。

これがまあ、とんでもない衝撃だったんですよ。

今まで聴いてきたのは、どちらかと言えば上手く歌う・上手く演奏するって世界だったのが、ミッシェルは全然違った。

チバのしゃがれた歌声にはロックの魂が宿ってた。

アベのギターには鬼が宿ってた。

ウエノのベースとクハラのドラムには遊び心と正確なリズムがあった。

初期と後期では激しさの質が違うんだが、初期は言ってみればめらめらと燃える赤い炎。

ロックンロールのロールが強めの、踊れるロックだった。

1枚目のアルバム『Cult Grass Stars』、2枚目のアルバム『High Time』も聴いてもらうと、よりポップな軽めの楽曲が目立つことに気付くはずである。

初期のライブ映像はいくつか残ってるが、この頃のライブの特徴は、

  • コーラス多め
  • メンバーのMCも多め
  • 何よりメンバーが笑顔で楽しそう

なのだ。

激しさの中に無邪気さが多々垣間見られるのである。

ちなみに俺がはじめて行ったミッシェルのライブは、WORLD CHICKEN ZOMBIES TOUR(1998.2.1)の赤坂BLITZである。

モッシュが凄すぎて、Tシャツがぼろぼろになったのをよく覚えている。

この頃は男よりも女のファンが目立ってた。後になって、人気が出てくると野郎が目立ってくるのだが。

 

中期~後期

人気が出るにつれて、笑顔が消えていくのである。

演出なのか、本人たちの意向なのか、クールになっていくと言えば聞こえがいいのだが、ライブが刹那的になっていった。

1998年のフジロック(前年の台風を受けて豊洲で行われた)は壮絶だった。

ギヤ・ブルーズ


ギヤ・ブルーズ

会場にいたのだが、後ろからのモッシュの圧力が凄すぎて死ぬかと思った、まじで。

周りに気を失ってる子が何人かいたし、それこそ嘔吐してる子もいた。

恐ろしかったのは、それを助けようにも助けられないくらい隙間がなかったこと。

フェス文化の未成熟と言ってしまえばそれまでだが、ミッシェルの人気の凄まじさを改めて感じた出来事だった。

そして個人的にはミッシェルのクライマックスと言ってもいいと思う、横浜アリーナでのオールスタンディングライブ。

ジェニー


スモーキン・ビリー [7 inch Analog]

当時、アリーナに席があるのが当たり前の時代、それを取っ払ったライブを敢行したのは異例中の異例だった。

フジの反省を踏まえてなのか、大きな混乱もなかったように思える。

ロックが完全に市民権を得た、ロックの夜明けだっていう評論家もいたくらい最高の空間だった。

しかし、事件が起きた。

この頃からバンドを取り巻く雰囲気が悪くなってくる。

ステージに向かって故意に投げられたペットボトル。

ひどい時はライブ中ぽんぽん投げられてた。

あれはやる気なくなる。

ライブ中投げたやつとファン同士殴り合いの喧嘩してるのも見たし、ライブの雰囲気も悪くなっていった。

チバとアベが話さなくなったのもこの頃からだと思う。

もともとチバ、クハラ、ウエノがいて最後に入ったのがアベだったから仕方ない部分もあったと思う。

初期の頃のロックンロールが好きだったアベと、ガレージロック寄りにバンドを進めていったチバとの確執があった。あくまでも噂だけど。

2001年、代々木の雨のフリーライブ。

集まったのは2万人。

赤毛のケリー


Rodeo Tandem Beat Specter

朝方から並んだんだけど、もうずぶぬれになって次の日寝込んだ思い出がある。

雨の中演奏してた4人は神々しかった。

孤高のバンドとしか言いようのないオーラが凄まじかった。

そして最後のライブ。


ミッシェル・ガン・エレファント“THEE MOVIE” -LAST HEAVEN 031011- [DVD]

あまりに有名なアベのギターの弦が切れる『世界の終わり』。

アベが死んだ後発売になったラストライブのDVDでは切れる瞬間が写ってるので、気になる方はぜひ見てみて。

ライブの時はでかいモニターしか見えなくて、実物まで遠くて分からなかったけど、4人の表情が切なげで悲しそうで。

バンドが終わる時ってこんななんだなって初めて思った。



 

永遠に復活できないバンド

まさか、その後アベが死んじまって永遠に観れなくなるなんて思ってもみなかった。

同時期にカリスマ的な人気があったブランキージェットシティ

彼らのファンはまだ淡い期待持てるじゃん、再結成するかもって。3人とも生きてるんだから。

ELLEGARDENのあの4人も、生きてる限り再始動の可能性があるって。

【ELLEGARDEN】エルレ復活は2018年?

でもミッシェルは無理なんだよ、未来永劫復活は。

アベが死んだから伝説のバンドになったって?

違うよ。ファンはいつまでだって生きててほしかったんだよ。

死んじまったらおしまいなんだって。

あのギターは誰にも真似できない。誰が代わりにやったってアベの代わりにはなれない。

映像観るたびに切なくなる。アベがもし生きてたとしたらこんな気持ちにはならない。

42歳で亡くなるなんて、誰も思ってもみなかった。

3日後のフジロック、The Birthdayで出演したチバユウスケがこう述べた。

「今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。」

一番悲しかったのはチバだったのかもしれない。



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