【Hi-STANDARD】18年ぶりのツアーをギリギリの状態で戦い抜いた難波章浩の言葉!

バンド
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どうも、パンク大好きデミさんです。

THE GIFT TOUR 2017、さいたまスーパーアリーナでHi-STANDARDを観てから約2週間…

いわゆる、ハイスタロスってやつです。デミ@ハイスタ超絶余韻ってやつです。

あの日以来色んなバンドの色んな曲を聴いてるけれど、Hi-STANDARDに結局まだ戻ってしまう。

なので、もう今年はこのままハイスタに浸ろうかと。

ちなみに横山健はツアー終了後、横山健の別に危なくないコラムを更新してくれた。

これについての感想は次の機会にしたい。

今回はまずハイスタのフロントマン、難波章浩について。

FM新潟で難波さんはラジオのレギュラー番組を持ってる。

放送時間は毎週日曜日18時から18時30分。

難波章浩の今夜もCLOSE TO ME

12/24の放送で、難波さんは今回のツアーを振り返って話をしてくれた。

ライブでは聞いてないのだが、文字に起こしてみた。

この回のゲストはNAMBA69のko-heyだったのだが、難波さんのマシンガントークの前にほぼ相づちのみに終止している。

作業をしていてわかったことがある。

語彙力がないと難波本人は言っているが、それは違う。

難波章浩の単に吐き出す言葉の、その全てが直接的でエモーショナルなので我々に伝わりにくいのだ。

先週はすみませんでした。またぶっ倒れました(ツアー終了後の先週、難波さんは放送を休んでる)。ハイスタのツアーが終わって、どんな感じなのかをみんな待ってると思うんです。ツイッターとかインスタとか、俺今回あんまり自分で敢えて感想言ってないんですよ、『語彙力ありません』って書いてね。元々ないんですけど。なんか伝えにくいんですよ、言葉では。文章では。なのでできるだけ…もちろん100%伝えられる訳じゃないけど、今の気持ちを、この枠の中でできるだけ伝えていきたいと思っています。



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後輩バンドへの思い

さいたまの時は高い方のパートを健くんが歌ってくれた(『Happy Xmas(War Is Over)』について)。分かった?あれ実は全然打合せしてないの。ヤバくない?『俺が下行く』って。言ってないのよ。それヤバいっしょ?総括するとすげえツアーでした、ありきたりの言葉になっちゃうけど。とにかく、こうやってツアーをやれたってことでも俺はまずは大成功だなと思ってます。今回のツアー、対バンが凄かったよ!変な言い方だけど、俺達が2000年活動休止前までにバッチリ活動してたバンドはBRAHMANぐらい。HAWAIIAN6もいないよね。だからほとんどがハイスタが活動休止した後、巨大になっていってパワーを付けて第一線でやってるバンド達。時代を超えてハイスタが復活。作品を出してツアー回るって時に、今リアルに第一線で大活躍しているバンド達とガチで対バンする。そこでやっぱり俺は俺なりに、バンドを誘った時もだけど、俺ももちろん『負けねえぞ』って!今の時代に刺さりたい。そのためには90年代の当時の一緒にやってたバンド達とやるんじゃなく、今第一線でやってるバンド達とやることで何かメッセージすることができるんじゃないかなって思って。できるだけ今活躍しているバンド達とやったんだよね。彼らももちろん…会えばお茶飲み友達じゃないけど(笑)。くだらないこと話してるんだけど、いざライブになると本気でハイスタぶっ倒してやろうと思ってる感じがものすごい伝わるの!本当そうだった。みんなすごいなーと思ってさ。でね!俺もすげーやべーなと思って見てるわけ。やっぱ俺は見に来てくれてる人達、ハイスタを昔から好きだったけどライブ見るの初めてですって人。そういう人達もめちゃめちゃいるわけ。そういう人達の想いとか。最近好きになったっていう10代・20代も沢山来てくれて。すごい色んな想いに応えなきゃっていう気持ちがプレッシャーになるわけ。プラス、バンド達に負けたくない!!っていうダブルのプレッシャーがののしかかっちゃって、俺もう意味わかんなくなっちゃった、途中で。昔の曲も久しぶりにやるわけ。新曲もいっぱい入ってくるわけだ。もう意味が分からない!ライブもまともにできるか分からない。歌も歌詞も飛ぶし覚えられない時もあるし、もう凄かったのね!

難波さんが言うように、今回のツアーゲストで、90年代から今まで第一線でコンスタントに活動してたバンドはBRAHMANだけであったような気がする(SLANGは売れてるとは言い難いので)。

 

AIR JAM ’97出演バンド…

COCOBATCOKEHEAD HIPSTERSGARLIC BOYS・GRUBBY・HUSKING BEE・ヌンチャク・SLANGSUPER STUPIDHi-STANDARD

 

AIR JAM ’98出演バンド…

COCOBAT・RUDEBONES・COKEHEAD HIPSTERS・THUMB・BACK DROP BOMBHUSKING BEE・WRENCH・SUPER STUPID・YELLOW MACHINEGUN・URBAN TERROR・ABNORMALS・GARLIC BOYS・REACH・SCAFULL KINGBRAHMANHi-STANDARD

 

AIR JAM 2000出演バンド…BACK DROP BOMBMASTER LOW 01・SHAKAZOMBIE・MAD3・MOGA THE ¥5・BRAHMAN・WRENCH・ABNORMALS・THE MAD CAPSULE MARKETSbloodthirsty butchers・喜納昌吉&チャンプルーズ・SCAFULL KING・鉄アレイ・COCOBATthe 原爆オナニーズHUSKING BEEHi-STANDARD

 

黒字が俺が知ってるバンド。

90年代からハイスタにどっぷりと浸かってる人ならともかく、最近知った人は知らないバンドのほうが多いだろう。

これだけ見ても、ハイスタが過去のバンドになりつつあったことが伺える。

ゲストはみんな現役バリバリで、もうハイスタなんか眼中にない若いファンをたくさん抱えてるバンド達である。

その勢いをあっさりと受け止めて、それを必死にではなく軽々と飛び越える。いや、飛び越えているように見せなければいけないのである。

案の定、難波さんの体は悲鳴を上げ始める。

 

盟友に力を引き出された北海道

そんな中、北海道でちょっと喉の調子があまり良くなくなって。『クッソー』と思って。その時に健くんと恒ちゃんとばっちりミーティングした。本当にこんなミーティングしたことないってくらい。『今、ハイスタ何のためにやるんだ?』『今でかいツアーやってるけど何のためなんだ?』っていう、そこに向かうんだよねもう一回。『同じ方向向こうよ』『難ちゃん真駒内でパンチなくなっちゃって、そこでちょっと引いたじゃんか?』って健くんが言うわけ。そういうニュアンスで。直接は言わないんだけど。『引かないで。声が出なくなってもいいから。俺らいるじゃん。ステージには3人しかいないんだから』って。そっから、うわー!ヤベえ、一人で戦ってた!ていうことに気付くわけ。オーディエンスとバンドとも。『俺が完璧で歌ってプレイして』ってそっちにガーって行っちゃってた。いかんいかん、そうだハイスタは三等分のバンドだと、そこで初めてもう一回気付く。パコーンて開く。で、次の日の2DAYSの2日目のキャパたった150のカウンターアクションのライブがとんでもない感じになった。あっという間に1日でリカバリーするわけ、ハイスタが、それはそれはとてつもなく良かった。今回のツアーでベストじゃないかってくらいカウンターアクションのライブがハンパなくて。『やったね、一晩でこうやっていけるんだね』って3人はその日を終わる。

真駒内のライブのゲストは奇しくも盟友BRAHMAN。

ラストダンス』でILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)、『守破離』でKO(SLANG)、そしてラストの『今夜』で細美武士(the HIATUS / MONOEYES)が登場したラストの3連発。

それをハイスタがいきなりの『STAY GOLD』で迎え打った、あの日である。

強敵だったのであろう。そして難波さんの体調も悪かったのだろう。

健さん曰く、「少しだけ弱気になった部分が感じられた」難波さんとメンバーは話し合いを持つのである。

その日のライブはSLANG KOさんのライブハウス、KLUB COUNTER ACTION。

ここにドラマを感じます。弱ってた難波さんを救ったのもまた盟友なのである。

BRAHMANが難波さんの限界を引き出し、健さんがそこをフォローし、SLANGがその場所を提供した。

ここには確かに90年代からの絆が存在した。

難波さんはハイスタは3等分って表現をしたけど、それだけではない。

90年代にハイスタと切磋琢磨して頑張ってた色んなバンドの、目に見えない後押しを受けてる。

それらの思いを代表したのが、BRAHMANでありSLANGだったということだと思う。



NAMBA69と同時進行の末…

札幌が、日本が寒くなる時、季節の変わり目で体調崩した、パワー使い果たして。家帰るとちびっこの風邪もらっちゃうわけ。そこで風邪引きになりつつ宮城に臨む。でも宮城すげえよかった。そのまま気持ちで持ってった。体調はまあまあだったけどライブ2時間はすごく良かった。で、大阪2days。俺もう宮城でパワー使い果たした。1日空けて大阪。本当に自分の中では人生最大の山。もう無理だ。下手したら大阪で逝くぞ。難波終わるな。大阪で散る可能性がある。紅葉も綺麗な大阪城で散るぞ、と。っていう位で臨んだ。マッサージの人とかに助けてもらって。まさかの大阪2DAYS、とてつもないいいライブだった!まあこれ奇跡だったんだよね、俺の中で。『俺まだ行ける!』ってなって家に帰る。そこで力尽きるんだよね。そこから丸々5日間!本当に!ベッドから動けないくらいくたばった。動けません状態。その状態で福岡の前日まで寝込んで福岡無理ですって状態。でもまたまさかの福岡で!奇跡的にライブがいいんだよね、それはやっぱり3人で支えてくれて。なぜかこの2時間は声がものすごく出て。

札幌から11/23の宮城のライブまで中3日。そこから10日間で3公演。

つまり札幌のライブから約2週間、ライブ以外の時難波さんはずっと体調を崩してることになる。

ちなみに11/4の朱鷺メッセから11/18の真駒内のライブの間、難波さんはNAMBA69として4本のショートツアーを行ってる。

ハイスタほどのプレッシャーがないライブとは言え、47歳である。

その喉は見えないところで消耗していたように思う。

しかし同時に思うのである。難波さんの今帰る場所はNAMBA69なんだと。

さいたまでのライブを見に行った、メンバーの耕平は次のように述べている。

難波さん、お疲れ様でした。

俺、もっと頑張りますね。

「もっと頑張ります」って言葉の意味が、やっとわかった気がする。

その姿を一番近くで見てたからこそ言えた言葉なんだろう。

ハイスタのライブの時は奇跡が起きたって言ってるけど、きっと気力だけで乗り切ってる。

そしてそれを支えたのは健さんとツネさんを始めとしたハイスタスタッフだけではない。

NAMBA69のメンバーも同じように難波さんを支えたのである。

 

熊本でついに喉をやられる

その後熊本。南なのにすごく寒かった。熊本がまたすげーライブだった、ハンパなくて。やっぱり『なぜ熊本でやるか』って想いもあった。被災された方達も仮設から招待してあげて、みんな沢山見てた。ものすごくいい空気になった。健くんも『犬の命日なんだけど、誕生日の歌を歌いたい』って言って。健くんもちょっと、初めてライブ中泣くわけ。そこから物凄くエモくなってって、俺もすごく調子良くて叫びまくった。そうしたら喉がパチって言った。ヤベえ…この違和感、最近感じてないぞ。でも、ライブ中だから突然声が出なくなるとかはなくて。でも痛い。ライブはアンコールもやっていい感じで終わった。次の日、あれ?ってなった。まずいなと思って。全然戻らない。エモーショナルになった熊本で喉痛めたんだから本望だと思った。喉、痛めた場所が人間ドックで胃カメラ飲んだ時に怪我して入院したその部分だった。その古傷、今くるの?と思って。最悪で怖かった。なんでその古傷を熊本で痛めて、なんでファイナルの前に戻らない。SHELTERでも歌わなければならない。意味の分からない状態になった。というわけで、時間がなくなってしまいましたので(笑)申し訳ない!年末31日の放送を聞いてもらえると。

この先の話は31日放送のラジオを聞かないとわからないけど、喉に致命的なダメージを負ったのは12/5の熊本のライブ中であるらしい。

俺が今ツアー参戦できたのはファイナルさいたまスーパーアリーナのみ。

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下北のライブでは難波さんの喉はどうなっていたのかわからないし、たまたま運が良く3マンだったから誤魔化せたのかもしれない。

でも、俺が初めて観たHi-STANDARDの難波章浩は、ライブの途中から明らかに苦しそうだった。

あの日、健さんがリードを歌った『The Sound Of Secret Minds

名古屋で初めて歌ったこの曲はその後、宮城、大阪1日目、福岡と演奏してるのだが、札幌で体調を壊した難波さんを気遣ってセトリに意図的に組み込んだのではなかろうか。

これ以上喉を消耗しないようにとの、メンバーからの気遣いのように思えるのだ。

来週の放送でその後の全貌が発表されるのでまたブログを更新する。

横山健の別に危なくないコラムとともに、難波章浩の声を紐解くことによって今回のTHE GIFT TOUR 2017が完結するはずだ。

Hi-STANDARD – The Sound Of Secret Mind [OFFICIAL MUSIC VIDEO]


Live at AIR JAM 2000 [DVD]



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