【NAMBA69】難波章浩、【Ken Yokoyama】とのスプリットツアーを熱く総括!

文字起こし
スポンサーリンク

どうも、パンク大好きデミさん(@Takenoco0803)です。

今回は7月22日放送の『難波章浩の今夜もCLOSE TO ME』文字起こしです。

今週からHi-STANDARDのリハーサルも始まるみたいですが、その前に今回の『Ken Yokoyama VS NAMBA69』のツアーの総括をしてくれました。

NAMBA69 -PROMISES(OFFICIAL VIDEO)


Ken Yokoyama VS NAMBA69

それではどうぞ!



スポンサーリンク

改めて難波章浩自身を振り返って

そうやっとね、自分的にもAIR JAMのイメージっていうか、もちろん当日になんなきゃわかんないんだけども、AIR JAMはどうやって進んでいくのかなっていう、もちろんタイムテーブルとか考えてるわけなんですよ、みんなでね。とりあえずスプリットツアーが終わってみないとね、自分的にもそこに集中したかったから。

今回ほど健くんと一緒にいてハイスタのこと忘れてたことはないですね。オーディエンスみんな、Hi-STANDARDをやってくれ、みたいな、そんな意識まったくなかったんじゃないかな、って思う。それくらい、NAMBA69Ken Yokoyama、この2バンドががっちりと、同じステージでやってるというのが魅せれたんじゃないかと思います。

ツアー『Ken Yokoyama VS NAMBA69』、リリースがあって、その前にその制作があって。一緒にプロモーション活動かなんかもしてね、まあちょっとテレビなんかも出ちゃったりなんかしてね、で、ライブがあってツアーがあってね、その一連の工程が、まあ終わってしまったんですよね。なんか物凄い勢いで駆け抜けた感じがあるんですけど実は、今回のスプリットに向けて、NAMBA69としてはものすごいプラン立ててしっかりと計画を作って、ほんと去年からアイディアっていうのはスタートしてたんでね。ここにかけてきたものがあったんで、ここで一段落してポッカリと心に穴が開いている状況ではあるんですよ、自分的には。まあ、他のメンバーはわかんないけどね。そう、そうなんですよ。今週結構新潟に居れて、時間が経てば経つほどあの時間がすごく楽しかったし、すごく意識が高かったんで、やっぱり。もちろん普段のライブもそうなんですけどね。

だけど今回のスプリットツアーっていうのは自分の話になっちゃうけど、Hi-STANDARDが活動休止した後、自分は沖縄に移住するわけじゃないですか。で、沖縄に行って、まあバンドが組めない。まあボーカリストだからね、いきなりバンド組むのは違うでしょ、って思って自分で始めたエレクトロの世界、打ち込みの世界を経て。で沖縄から来て新潟に移住して、それでまたバンドが始まり。その一連の流れっていうか俺だけのストーリーなんですけどそこは、その期間っていうのは正しかったのか正しくなかったのかっていう自問自答っていうか、あの時間必要だったのか必要じゃなかったのか、すごい考えた時期があったんですよ。もう今はまったくないんですけど、つい、5、6年前まではあの時間は自分の人生にとって必要だったのかって(考えました)。

31歳から40歳くらいまでの間の時間って、やっぱ30代って自分の中でもアグレッシブに生きていたいしそれを表現して表に出ていきたいっていう時間だったから、あの時間は何だったのかなーって振り返る時間がすごく多かったんだけど。やっぱり、Hi-STANDARDをやりたい、活動できればいいなーって思ってた時間でもあって。でもそれが出来ないっていう理由としては、健くんと俺がなかなかうまくコミュニケーションが取れない、そしてもう一つその理由としては、Ken Yokoyamaっていうバンドがどんどん進んでいく、Hi-STANDARDではない道をどんどん突き進んでいく、どんどんどんどん君臨していく、そういうを傍から見てた時間でもあったんだよね。

で、自分でソロでバンドを組みます。ソロで、AKIHIRO NAMBAなんつって、で、そのあとNAMBA69っていうバンドになりました、ってなっても到底Ken Yokoyamaには及ばないわけですよ。比べちゃう自分もいるんですよね、無意識に。悔しいな−、なんで俺は…、なんか遠回りしてきたのかなとか、あの時点でなんですぐバンド組まなかったのかなとか、なんで東京離れちゃったのかなとか。もう意味わかんない状態になっちゃうっていう。まあそういう時間もありながらずーっと来てたわけですよ。その時間を、覆すような、言ってみたらモヤモヤですよ、自分の中での。このモヤをふぁさーって、カーテンを開けるように晴らしてくれる事実というか出来事がこのスプリットだったんだよね、俺の中で。

Hi-STANDARDの復活、Hi-STANDARDとして活動できます、それはもちろん俺の中で大きな要素ではあったんだけど、それよりも何よりも自分がやってきた道、遠回りしてたんじゃないかな、損してんじゃねえのかな、俺はなんて不器用なんだ(笑)っていう道、そういうことが全てこの、あーこれでよかったんだ、あーこの時間があったから今があるんだっていう、全てをすっきりさせてくれる出来事だったんだよね。

これはほんとに、こんなこともあるんだぜ、っていう、傍から見たら、Hi-STANDARDのボーカルとギタリスト、フロントマン二人がやってる、まあ仲良くなったからスプリットを出してのツアーなんでしょ?みたいなことかもしれないんだけど、でも俺の中ではもっともっと深い、根深いものがそこでギュッと詰め込まれた活動だったんだよね、この期間というのは。

で、ただやりました、作品が出ました、ツアーやりました、音楽鳴らしました、じゃあ気が済まないわけじゃん。俺が、遠回りしたかもしれない俺が率いるバンドNAMBA69は、何歩も先に進んでたKen Yokoyamaってバンドに対してどうなんだ、並んだらどういうふうに聴こえるのか?どういうライブができるのか?ここを俺は見たかったんだよね。それはね、自分の人生をかけての大勝負だったんだよね。それはきっと、分かる人には分かってくれたって思ってるんだけど。

そしたらね、その分かってくれてるのかもなって人たちのその、何ていうのかな、熱量っていうか、NAMBA69が作った3曲に対してリアクションがものすごかったんだよね。それで、自分らの気持ちは届いてるなーって思った。それがまず一番幸せだったんだよね。それで(Ken Yokoyamaと)並んでみてどうなのか、俺負けてねーじゃん、むしろいいじゃん、って思えないとどう考えても俺は納得いかなかったんだよね。そこでまずスプリットの話が出て、頑張っていい感じになった。いったなって、俺らは十分にイケてるって思えた。



スプリットツアーを振り返って

で、ライブでね、そこが感じれるのか?でスタートしたんだよね、仙台Rensa、6月22日。でねーすごい感触が掴めたんだよね、いきなり。で24日の新潟LOTSで、もうこれは確実なものになるわけ。あ、これ結構やべえぞ俺ら、って。負けてないどころか、もういいじゃん、勝ち負けじゃないけどね音楽、でもいってるなって思った。やってるよ、イケてるよって状態だったんだよね。

で、そこで臨んだ7月の4日5日の東京2DAYS、Zepp。ここが本当に大一番だったんだよね。東京でどうなるのか、ましてや4日は俺らが後だったんだよね。ここはもう言ってみればイベントとしてはトリなわけよ。もう楽屋であんだけモチベーションを、何ていうのかなー、整えながらやんなきゃいけないっていうのが、あれだね、2011年のAIRJAMHi-STANDARDが復活します、みたいな、あのタイミングくらい本当に、整えてやったかな、自分的に。で、そのライブがまた良くて。自分たち的にKen Yokoyamaの後にやるなんてもう本当にとんでもない出来事だったんだけども、お客さんのノリがどうとかではなくて、全部がものすごかったよね。もしかするとKen Yokoyamaのその時間よりも半端ねーことになってるんじゃねえの?って自分では思える、自分たちで思えるっていう瞬間があって。だから4日のZeppは終わってみてものすごい自信に繋がったんだよね。あれを経験できたんだったら、この後どんなことになっても大丈夫じゃない?って思えたの。

で、やっぱり5日も良かったんだよね。それ、4日を見た健くんがね、「もうあれできたらダイジョブっしょ!」みたいな、そんなコメントをみんなにくれてて。それはやっぱり(俺らのことを)Ken Bandのみんなも見ててくれたんだよね。PIZZA OF DEATHのクルーもみんな、NAMBA69半端ないっすね、みたいな状態になってて。それくらい俺たちもその波っていうか、そこに乗っかりながら結果を出していくわけなんだよね。で、5日の、2日目もバッチリで。

で、5日のKen Bandもすごかったんだよね。そこはさすがだなーって思えてね。Ken Bandの気合いっていうのもこのツアーすごかったんだよね。ぶっちゃけこのツアーの前のKen Bandももちろん見てたんだけども、バンドとしてこんなに気合入ってる、バンドとしてね、やっぱり健くんっていうのはやっぱりもう絶対的な存在感と、やっぱり横山健は半端ねーなって、横山健は親しい存在なんだけどもやっぱり横山健っていう存在はすごいなっていう。やっぱりHi-STANDARDのステージに立ったときに健くん半端ねーなって思うのと、やっぱりバンドとして、違うバンドでフロントマンでボーカリストでそこにいる横山健って、絶対的に威力すごいなって思えたのも面白かったんだけども。そこの周りにいるメンバーの3人もすごかったんだよね。

その後、京都大作戦が豪雨で流れちゃって。

【10−FEET】京都大作戦2日目、中止決定直後の3人のインタビュー!
どうも、パンク大好きデミ(@Takenoco0803)さんです。 今回は7月12日放送の『FRAG RADIO』冒頭の、京都大作戦2日目中止決定直後のメンバーのインタビューをお届けします。 色んな方に聴いてもらいたい回に...

そこでふっと息をつきながらの7月10日福岡だったんだよね。九州方面もやっぱり被害があったしそういう声も聞いてたし。だからそっちのモードにも突入していって。来てる人たちを本当に喜ばせたい、そっからバンドとの、バンド同士のバトルっていうところからその地域を盛り上げたいっていう、来てる人たちを喜ばせたいっていう意識がものすごい高まってきて。で、この福岡もすごかったんだよね−。

で、この後7月12日、なんばHatch。ここはもうファイナル前なんだけども、ここも良かった。だけど俺的に、唯一…俺今回のツアー、Ken Bandに一歩も負けてないと思うの。だけど、唯一、もっと出来たな、自分に負けた部分があったなっいうのがこのHatchなの。ここはもう自分らの意識が高くなってて、この日のライブが悪いなんて要素一歩もないよ、って言われたんだけど、俺の中ではそれがちょっとあって。でもそれが誰にも気づかれないレベルに達してるんだなーって思えたんだよね。

そんなこんなで12日13日連チャンでのファイナルだったんだよね。続いてて体的にも疲れが出始まってるときだったんだけども、7月13日、とんでもない日になるんだよね。NAMBA69史上、ここまで色んなベストっていうのはあるんだけど、もちろん新潟LOTSもそう、福岡もそう、今回のツアーの前もあったし、とんでもない日が。でも、会場のムードと俺たちの放つ威力、圧倒的だったんだよね、これが7月13日ツアーファイナル名古屋で、本当にスパークしてた、閃光のように。もう本当に光が、バーンと出てたんだよね。もうこれは本当に気持ち良すぎた。終わってほしくないなーって思って。まだやれるならもう何曲かやっていたかったくらい。本当にツアーファイナルは半端なかったな。で、俺達がすごければすごいほど、Ken Bandもすごいことになってるんだよね。ってことはもちろん、バンドなんてみんな負けず嫌いで、絶対負けねえってみんなやってるからね。

で、その状態で行った7月15日、KESEN ROCK FES.これも半端なかったんだよね。このままの状態で行ったんだよね。だからKESEN ROCK FES.がどういうもんかっていうのは初めて行ったし、自分らがそのまんま、ツアーのまんま行ってる感じだったね。なんか、先週のこの期間っていうのはすごい時間だった。

今回一番思えたのは、これ健くんにも言われたんだけど、俺よりも、NAMBA69の3人がとてつもない感じになってるよね、って言われたんだよね。そこは俺も思えたし、そこが一番嬉しかったかな。30代なかなか表に出られなかった俺が思ってたこと、で、彼ら今30半ばくらい、それくらいの人って、自分が目立てる、注目される状態になるとものすごい力を発揮するんだなって。そこに触発されて、俺が乗っかっていくっていう状態だったかもしれない最後は。だから彼らが半端ないことになればなるほど、俺もそこに乗っかれる。だから三ちゃん(ドラム)が良ければ俺のベースの俺の歌もどんどん良くなっていく。だから今回のツアーね、メッチャクチャ歌が良かったんだよね。どの会場でもへばんなかったっていう。(日程)詰まってたんだけど、歌がものすごい良かったんだよね。

あと嬉しかったのは、今回のスプリット3曲、すごい届いてて。ぶっちゃけ言うと一番盛り上がるんだよね。それほんと嬉しかったよねー。

今度は自分たちがKen Bandを呼びたいよね。そんなバンドになりたいなって思いました。



コメント